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フラワーレメディの誕生
フラワーレメディがどのように誕生していったのかを少し紹介します。
フラワーレメディの開発者、バッチ博士は、31歳の時余命3か月を宣告される重病におかされました。それでもバッチ博士は病気を忘れるくらい研究に没頭している中で、体が強くなっていくのを感じていました。そして3ヶ月後、重病を見事に克服してしまったのです。このことから、バッチ博士は“病は気から”ということに気づくのです。
バッチ博士32歳の時、ホメオパシー(毒をもって毒を制す)という治療法に出会い、このホメオパシー医学に転身。病気は患者さんの心の中にあるという考えをもつようになりましたが、このホメオパシー医学では不十分と考え、自らが興味を持っていた植物エネルギーに眼をむけるようになります。
バッチ博士41歳の時、クレマチス・インパチェンス・レメディ・ミムラスを発見し、ロンドンでの地位と名誉をあっさりとすてて、レメディの開発にとりくむようになります。そしてサンメソッド法を考え出したのです。サンメソッド法とは、太陽光を浴びた植物の露にこそ花の力が凝縮されていて、清流の水の張るガラスボールの中に花を浮かべ、太陽光を数時間当てるというものです。
バッチ博士の、“人々を救いたい”という強い思いと自然界に対する熱い思いがあったからこそ、フラワーレメディが誕生したといえるでしょう。